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2011年8月23日火曜日

日本高齢者虐待防止センター  ニューズレター No17

JCPEA(日本高齢者虐待防止センター)ニューズレター 2011年8月号

高齢者虐待予防における被害者学からの学び

埼玉県立大学 小川孔美

2011年7月30日土曜日、第8回日本高齢者虐待防止学会が茨城県水戸市で開催された。
大会テーマは「地域発、高齢者虐待防止」。

大会長基調報告として茨城大学教授瀧澤利行先生から「地域における高齢者虐待防止の研修体制―茨城の試み」、教育講演として「市町村における高齢者虐待防止体制を強化するための評価のあり方」について黒田研二先生(関西大学人間健康学部教授)、水上然先生(神戸学院大学講師)、津村智恵子先生(甲南女子大学看護リハビリテーション学部教授)から、またシンポジウムでは副田あけみ先生(関東学院大学文学部教授・当センター理事)、結城康博先生(淑徳大学総合福祉学部准教授)、大山典宏様(埼玉県福祉部社会福祉課)により「社会的貧困の状況と虐待防止のあり方」が活発に議論された。

また、被害者学という高齢者虐待防止とは異なる研究分野から常磐大学大学院被害者学研究科の長井進先生による特別講演「被害者学からみた高齢者虐待」が行われた。紙幅の関係もあるため、多くに触れることはできないが、本稿ではこの講演について以下に紹介したい。

 ラテン語のvictimaから派生したvictim(被害者)の原義は、「神に捧げる生け贄」であり、英語としては15世紀末に登場した。「他者から負傷、拷問または殺害の被害を受けた人」という意味でのvictimという語は1650年代に初めて記録されている。被害者学(victimology)とは「被害者の研究(Fattah, 2005)」、すなわち「犯罪と、犯罪および被害者化への反応を含む、人権侵害に起因する被害者と被害者化に関する科学的研究(Kirchhoff, 1994)」である。

 刑法および刑法と密接な関係を有する犯罪学の主たる関心は犯罪および犯罪者にあり、被害者にはなかった。犯罪学者のハンス・フォン・ヘンティッヒ(Von Hentig, H.)(1948)の「犯罪のデュエット構造duet frame of crime」なる考えが被害者学の出発点となった。

 エレンベルガー(Ellenberger, E.)(1954)は『犯罪者と被害者の間の心理学的関連』を著し、両者間の相互的影響と役割逆転を含む概念の重要性を強調した。メンデルソーン(Mendelsohn, B.)(1956)は研究誌を創刊し、独立した学問としての被害者学の基礎研究を行った。また、長期的展望を見据え、被害防止が被害者学の主要な目標であることを強調した。その後、被害者学に関する国際会議等が開催され、多くの研究誌が発行されてきた。今日、被害者学に関する国際研究施設がオランダや日本に設立され、研究や研修等に貢献している。フライ(Fry, M.)が1950年代に新聞紙上で犯罪被害者の直面する過酷な現実を訴えたのを契機に、1964年以降、国家による犯罪被害補償制度が徐々に創設された(日本では、1980年に犯罪被害者等給付金支給法が制定された)。

1970年代における女性解放運動の影響で女性の犯罪被害者の窮状が明らかにされ、犯罪被害者支援という新たな関心の的が実を結び始めた。1980年代に、被害者学は被害者化の原因論に関する学術研究から、被害者化への対策論(人道主義に基づく制度改革運動)へと転換して行った。その点に関して、1979年に創設された世界被害者学会(World Society of Victimology)(UNとEUに諮問資格を有する)の功績は大きい。1985年の国連犯罪防止会議にて「国連被害者人権宣言」が採択されたのを機に、数多くの国で被害者の基本的権利を認めるための法制化が進んで行った。1990年、日本被害者学会が創設された。もはや被害者にもたらされる深刻な影響を考慮に入れずに、犯罪を考えることはできない。合理的な刑事政策には犯罪被害者に関する知識が不可欠である。

 ファタ(Fattah, 2005)によれば、被害者学は理論被害者学、応用被害者学、臨床被害者学に分類される。一方、ウェマーズ(Wemmers, 2009)によれば、刑事被害者学、一般被害者学、人権被害者学に分類される。

 被害者学における今日の日本の問題として宮澤(2004)は、①犯罪原因としての被害者というとらえ方から第二次被害者化防止対策、第三次被害者化防止対策へと大きく転換しており、②被害者補償、心理的支援、被害者の権利・法的地位の確立を含む犯罪被害者等への支援活動の充実化が進んでいるが、③個人レベルの紛争解決の限度をはるかに超えたテロ、権力者の犯罪、国際経済犯罪等の新たな犯罪現象に対抗するに十分な法制度や対策が整備されていない、としている。

 「犯罪被害者等基本法」は2004年12月に成立し、2005年4月1日に施行された。国・地方公共団体が講ずべき多様な基本的施策を犯罪被害者等の視点に立って実現することによって、その権利や利益の保護が図られる。内閣府(犯罪被害者等施策推進室)は犯罪被害者白書を発行するのみならず、精力的に多様な施策を推進してきた。現状として、地方公共団体による認識や取り組みを改善する余地がある。

被害者となった心的外傷体験の中核は「無力化」と「離断」である。人生の初期から、発達の段階においてケアを与えてくれる存在と培ってきた「基本的信頼」を土台とした安心感、個人と社会とが結びついているという結合感覚、信頼感が破壊され、社会全体に対する不信をもたらす。
被虐待者にも同じことが言えよう。

犯罪被害と同様、虐待、被虐待も、いつ誰の身に起こっても全く不思議ではない誰もしたくない経験である。他人ごととは考えず自分の身に起こったら、自分の家族・友人の身に起こったらということを考え、傷ついた人たちの心の痛みを理解しようとする気持ちを大切にしなければならない。

暴力のサイクル、危険な兆候とは何か、被害者対応のヒント、DV被害からの回復過程など、高齢者虐待予防において参考となる知見が多く大変勉強となった。

御自身の体験をもふまえながら、高齢者虐待防止法は病院にはあてはまらないことに言及し、「無力で客観的な認識が無い認知症高齢者をも本当の意味で支える法の確立を」と熱く語られた。「法律はつくられても、人の心はなかなか変われない」と指摘する長井先生の言葉とともに胸に残った。


参考文献 
  1. Fattah, E. (2005). Victimology (pp.1724-1728). In Wright, R.A. & Miller, J.M.  Encyclopedia of Criminology. Volume 3. New York: Routrigde.
  2. 宮澤浩一(2004). 被害者学 氏原寛・亀口憲治・成田喜弘・東山紘久・山中康裕(共編)心理臨床大事典[改訂版] 培風館pp.1216-1219
  3. 諸澤英道(1998).新版被害者学入門 成文堂
  4. 長井進(2004).犯罪被害者の心理と支援 ナカニシヤ出版 
  5. 長井進(2011).被害者学からみた高齢者虐待「第8回日本高齢者虐待防止学会(JAPEA)茨城大会 抄録集」pp.22-23.
  6. Wemmers, J.A. (2009). A short History of Victimology. In Hagemann, O., Schafer, P. & Schmidt, S. (Eds.) Victimology, Victim Assistance and Criminal Justice.  Department of Social Work and Cultural Sciences, Niederrhein University of Applied Sciences.
  7. Office for Victims of Crime (2008). In their own words: Domestic abuse in later life. U.S. Department of Justice.

※御紹介

今年2011年6月17日には第6回 World Elder Abuse Awareness Day (日本では「世界で高齢者虐待防止を考える日(WEAAD)」と呼ばれる)国際会議がロンドンで行われた。

そのなかで、高齢者虐待をもっと多くの人に考えていただくために、ミュージシャンであるJeff Beam 氏が歌を披露している。題は“Can’t You Feel the Curve of the Earth?
とても素敵な曲なので、皆様にもご紹介したい。
わが国でもこんなアピールもあるとよい。