日本高齢者虐待防止センター電話相談

2011年12月27日火曜日

今年を振り返って 日本高齢者虐待防止センター ニューズレター No20

JCPEA(日本高齢者虐待防止センター)ニューズレター 2011年12月号

今年を振り返って

日本高齢者虐待防止センタースタッフ 山浦成子


今年は、東日本大震災、それに伴う福島原発事故と歴史的な1年になりました。

家族や地域の「絆」が見直された年でもありました。

その一方、センターの電話には、家族の軋轢により苦しむ人たちの相談が寄せられていて、家族・身内というものの難しさを感じさせられます。

12月6日には、厚生労働省より平成10年度の虐待件数が16,764件だったと発表されました。家族や親族による虐待が16,668件で6.7%増えたと言っています。

 これは、虐待されていることが明確で、市区町村が関わったものだけであって、氷山の一角であろうと思われます。

当センターに寄せられる相談は、解決がとても難しいものが多くなっています。

1例としては、経済が停滞し、高齢者の息子世代が働く場所を探すのも難しい昨今になり、必ず入ってくるお金と言えば両親の年金。それを目当てに実家に戻りお金をせびるケースが増えています。

お金を出さないと殴るけるなどの暴力が始まり、両親は困り果てるのですが、肉親の情もあり、警察に訴えることまではできずにいるのが現状です。

両親が自立ですとより問題は深刻です。自分の意思があり逃げ出せるのに逃げ出さない、外部からの介入がしにくいからです。

福祉関係者を入れることもできず、親族が口を出すと余計に問題がこじれ、困り果てた相談が寄せられます。

今迄の親子関係が影響していることも多く、親もそれがわかっているからこそ強く出られないということが続くのです。

世間体や見栄などで外部に相談せずに、親子カプセルのように内輪にこもっていては、解決のめどは立ちません。

 隣近所にオープンにする、暴力から逃げだす、地域包括支援センターに相談する、場合によっては警察の介入を依頼する、など助言しますが、実行するには一大決心が必要です。

実際に、センターの助言を聞いて、別居の家族が動き、金をせびり暴力をふるう息子から逃れるために両親を連れだし、他の地域で暮らしを落ち着かせた例があります。

決心するまでには、どれほどの葛藤があったかしれません。毎日のようにかかってくる電話では、息子への愛情と暴力への恐怖で混乱し苦しむ姿が見えました。

相談員は、混乱を受け止め当事者たちが決心するまで辛抱強く付き合いました。自分で自分の生き方を決めるための時間が必要だからです。

 電話相談は、電話することによって即解決することはありませんが、自分の気持ちを整理し次の一歩を踏み出すためのツールとして利用していただきたいと思います。

今年も暮れようとしています。私たちは今日も悩める方々に少しでも寄り添えるように、電話の前でお待ちしています。

1年間、ありがとうございました。

2011年11月17日木曜日

施設虐待を考える 日本高齢者虐待防止センター ニューズレター No19

JCPEA(日本高齢者虐待防止センター)ニューズレター 2011年11月号

施設虐待を考える

副田あけみ(関東学院大学)

先日、ある新聞社の記者さんから、電話取材を受けました。施設虐待は、なぜ夜間に起きるのか、という質問でした。実際には、福祉施設ではなく病院で起きた事件で、女性職員が高齢者を叩いた場面を監視カメラが写していた、というものでした。

その事件が起きた病院は、日ごろから施設虐待にかんする研修を行っており、病院長は、「これ以上(防止策を)やるとしたら、監視カメラを増やすしかない」というようなことを言っていたそうです。これを聞いて「ええ??」と言ってしまいました。

施設職員による虐待の場合、支援対象である認知症の高齢者が何か癪に障ることを言ったからとか、面倒をかけたから、カットなって、という衝動的な暴力行為という例はさほど多くないのではないかと思います。

家族とは異なり、職員は、日ごろ、高齢者と情緒的に親密な関係にあるわけではないので、つい感情が爆発してしまうということはあまりない。エイジズム(高齢者差別や侮蔑)の態度・行動を採る職員は論外ですが、それを除けば、職場で孤立していたり、孤独な職員が、ストレス発散をもっとも弱い高齢者に向けて行ってしまった、ということが多いのではないでしょうか。

日ごろから同僚や上司と円滑なコミュニケーションをとることができない、自分のケアの仕方や高齢者への接し方がこれでいいと思っているわけではないけれども、他人から注意されると素直に聞くことができない。そうなると、周囲の人々も「大丈夫かなあ」と不安に思っていても、声掛けや注意を控えるようになってしまう。そうなると、当人はますます孤立し、ストレスをため込んでしまいかねない。そして、つい、、、

では、適切とは思えない態度やケアの方法について、同僚や上司はどうやって注意すればよいのでしょう?

「あの人のケアはちょっとねえ」と言ってしまいそうな人にも、「あら、この点はまあまあじゃない?」「悪くないね」と思える点はあるはず。日ごろから、そうした点を意識して探すようにし、見つけたときには、その場で、あるいは、後から「よく気づいたね」とか、「そのやり方はどうやってみつけたの?」「私もやってみようかな」といった直接的、間接的に肯定的な評価を行う。こうした声掛けは、コミュニケーションを促すはずです。

こうした職員同士、比較的円滑なコミュニケーションが行われている職場ならば、すべてとはいいませんが、かなりの不適切な介護や虐待を未然に防げるのではないでしょうか?

2011年10月9日日曜日

日本高齢者虐待防止センター  ニューズレター No18

JCPEA(日本高齢者虐待防止センター)ニューズレター 2011年10月号

パリの高齢者から学んだこと

日本高齢者虐待防止センタースタッフ 松丸 真知子

約20年ほど前にパリに6年住んでいた時のことですが、今ではパリで日本人と見るとこちらがフランス語で話しても英語で答えてくる程、殆どの場所で英語が通じますが、当時は本当にフランス語しか通じませんでした。

余談ですが、よく、フランス人は英語を知っていても自国の言葉にプライドを持っているので知らない顔をするのだ。と言われていましたが、私の経験からは本当に簡単な英語さえ分からない人が殆どでした。

私は夫の仕事の関係で住んでいたので、いわゆる高級住宅地と言われるパリの16区に住まわせてもらっていました。

私の印象はパリの人々、特に16区に住まうフランス人は、意地悪で嫌な人が殆どでした。スノッブでエレベーターで顔を合わせても知らん顔。ちょっとそこまで郵便を出しに行くにも男性はきちんとジャケットを着て帽子をかぶって行くのが普通でした。

私が朝、すっぴん、ジーンズで子供を学校へ送って、エレベーターを待っていると、どこかの家のお手伝いさんに「あなたは何階で働いているの?」とよく聞かれるくらい、常にきちんとした身なりをすることが必要でした。

パリのマルシェというと、野菜や果物を美しく積み上げ、肉屋も魚屋も商品をきれいにディスプレーしていることで有名です。パリに住んだ当初は言葉が分からなかったので、マルシェでの買い物は苦労しました。ある日ピーマンを買いに行った時、ピーマンのフランス語が分からないのでそこにあったピーマンを「これちょうだい」といった風につかんだら「さわるな!!」とえらく怒られました。

そして別のピーマンを袋に入れてくれたのでお金を払って家に帰ってみると、腐ったのを入れられていました。トマトを1キロ買えば必ず2,3個は使えないのが入っていることは普通で、しばしば「フランス人とはなんて意地悪なのか。」と暗い気持ちになりました。

このまま何年もパリに住んでそんなことにもなじんで、自分もそうなってしまったら、日本に帰った時は鼻つまみになっているとさえ思いました。

長くパリに住んでいる日本人の方に聞くと、そういうことは当たり前で、ぼやぼやしていないでしっかり見て「それはだめ。他のにして」と言わない方が悪いと言われました。

島国の日本と違って、ヨーロッパは地続きで、侵略の歴史だから自分のことは自分で守らなければならない文化が浸透しているのだとも言われました。全くその通りで、きちんと主張しなければ、どうでもよいように思われて、いいようにされてしまうということはあちこちで体験し、相手から嫌な顔をされることもありません。

パリの朝は早く、早朝から人々は働き始めます。ある朝、子供を学校へ送って行く途中、杖をついて歩くのもやっと、といった風情のやせて小さな老婦人が八百屋の前を通りかかるのを見かけました。すると、突然老婦人が杖を振り上げて怒鳴りだしたました。

八百屋の台車に乗せた果物の箱が通りすがりに老婦人をかすったようでした。老婦人は歩道に仁王立ちとなり、道行く人々が振り返るほどの大声で怒鳴り、台車に高く積み上げている果物の木箱を力いっぱい押し倒し、辺りはリンゴが散乱しました。

その勢いに、八百屋の若者もなすすべなく道路に散乱したリンゴを懸命に拾い集めていました。私に腐ったピーマンを売りつけた若造が・・・・。

もう1人、近所に住む老婦人をご紹介します。

彼女は私の友人と同じアパートの一室に1人で暮らしていました。ずっと独身でしたが、西欧の高齢者に多いのですが、足がひどく腫れて歩くことが困難になっていました。もうかなり高齢でしたので、友人は毎朝彼女の部屋のカーテンが開けられるかどうかで安否確認をしていました。

彼女の家には若者からお年寄りまでたくさんの人が出入りをしていました。殆どがボランティアで、外出に付き添う人、本を読む人、話し相手、おつかいをする人、その他、短時間で一つのことだけやって帰るボランティアが何人も出入りしていました。

私の友人は夕方自分がおつかいに行くときに、声をかけて頼まれたものを買ってきていましたが、ある日頼まれた買い物をして持って行きましたが、「私が頼んだものはこれではなくて、別のものだから取り替えてきてほしい。」と言われたそうです。

又、おしゃべりをしに訪ねた時に、お茶がほしいと言われたので、入れて渡すと「私のお茶のカップはこれでない。」と言われて正しいカップに入れなおしたというエピソードを話してくれました。

このようにきちんと自分のやり方を伝えてもらえると気持ちがいいと、友人は言っていました。

私が泣かされたパリで、「最後まで堂々と自分らしく生きること」が普通になっていることと、それを尊重して少しの時間でも進んで自分のできることを提供し、支える人達がたくさんいることを知り、パリの人も捨てたものではないと見直しました。

フランス語でVolontaireは、自ら進んでするという形容詞で、志願兵の意味もあることは周知のことですが、Volontiersは「喜んで」又は「快く」の意味の副詞です。

日本でも、特に近年はボランティア活動が活発に行われてたくさんの方達が参加しています。私もボランティアをさせていただいていますが「ありがとう」と言われる時は「やっててよかった」と思える瞬間ですが、「そうじゃなくてこうして欲しい」「違う」と言われたときに、自分がどんな姿勢で活動をしているかが問われます。

ボランティア活動だけでなく、仕事でも、日常生活の中でも、どこかで「やってあげている」という気持ちを持っていないか、また「やってもらっている」という気持ちを持たせていないかを、常に自分自身で振り返らなければならないと感じます。

2011年8月23日火曜日

日本高齢者虐待防止センター  ニューズレター No17

JCPEA(日本高齢者虐待防止センター)ニューズレター 2011年8月号

高齢者虐待予防における被害者学からの学び

埼玉県立大学 小川孔美

2011年7月30日土曜日、第8回日本高齢者虐待防止学会が茨城県水戸市で開催された。
大会テーマは「地域発、高齢者虐待防止」。

大会長基調報告として茨城大学教授瀧澤利行先生から「地域における高齢者虐待防止の研修体制―茨城の試み」、教育講演として「市町村における高齢者虐待防止体制を強化するための評価のあり方」について黒田研二先生(関西大学人間健康学部教授)、水上然先生(神戸学院大学講師)、津村智恵子先生(甲南女子大学看護リハビリテーション学部教授)から、またシンポジウムでは副田あけみ先生(関東学院大学文学部教授・当センター理事)、結城康博先生(淑徳大学総合福祉学部准教授)、大山典宏様(埼玉県福祉部社会福祉課)により「社会的貧困の状況と虐待防止のあり方」が活発に議論された。

また、被害者学という高齢者虐待防止とは異なる研究分野から常磐大学大学院被害者学研究科の長井進先生による特別講演「被害者学からみた高齢者虐待」が行われた。紙幅の関係もあるため、多くに触れることはできないが、本稿ではこの講演について以下に紹介したい。

 ラテン語のvictimaから派生したvictim(被害者)の原義は、「神に捧げる生け贄」であり、英語としては15世紀末に登場した。「他者から負傷、拷問または殺害の被害を受けた人」という意味でのvictimという語は1650年代に初めて記録されている。被害者学(victimology)とは「被害者の研究(Fattah, 2005)」、すなわち「犯罪と、犯罪および被害者化への反応を含む、人権侵害に起因する被害者と被害者化に関する科学的研究(Kirchhoff, 1994)」である。

 刑法および刑法と密接な関係を有する犯罪学の主たる関心は犯罪および犯罪者にあり、被害者にはなかった。犯罪学者のハンス・フォン・ヘンティッヒ(Von Hentig, H.)(1948)の「犯罪のデュエット構造duet frame of crime」なる考えが被害者学の出発点となった。

 エレンベルガー(Ellenberger, E.)(1954)は『犯罪者と被害者の間の心理学的関連』を著し、両者間の相互的影響と役割逆転を含む概念の重要性を強調した。メンデルソーン(Mendelsohn, B.)(1956)は研究誌を創刊し、独立した学問としての被害者学の基礎研究を行った。また、長期的展望を見据え、被害防止が被害者学の主要な目標であることを強調した。その後、被害者学に関する国際会議等が開催され、多くの研究誌が発行されてきた。今日、被害者学に関する国際研究施設がオランダや日本に設立され、研究や研修等に貢献している。フライ(Fry, M.)が1950年代に新聞紙上で犯罪被害者の直面する過酷な現実を訴えたのを契機に、1964年以降、国家による犯罪被害補償制度が徐々に創設された(日本では、1980年に犯罪被害者等給付金支給法が制定された)。

1970年代における女性解放運動の影響で女性の犯罪被害者の窮状が明らかにされ、犯罪被害者支援という新たな関心の的が実を結び始めた。1980年代に、被害者学は被害者化の原因論に関する学術研究から、被害者化への対策論(人道主義に基づく制度改革運動)へと転換して行った。その点に関して、1979年に創設された世界被害者学会(World Society of Victimology)(UNとEUに諮問資格を有する)の功績は大きい。1985年の国連犯罪防止会議にて「国連被害者人権宣言」が採択されたのを機に、数多くの国で被害者の基本的権利を認めるための法制化が進んで行った。1990年、日本被害者学会が創設された。もはや被害者にもたらされる深刻な影響を考慮に入れずに、犯罪を考えることはできない。合理的な刑事政策には犯罪被害者に関する知識が不可欠である。

 ファタ(Fattah, 2005)によれば、被害者学は理論被害者学、応用被害者学、臨床被害者学に分類される。一方、ウェマーズ(Wemmers, 2009)によれば、刑事被害者学、一般被害者学、人権被害者学に分類される。

 被害者学における今日の日本の問題として宮澤(2004)は、①犯罪原因としての被害者というとらえ方から第二次被害者化防止対策、第三次被害者化防止対策へと大きく転換しており、②被害者補償、心理的支援、被害者の権利・法的地位の確立を含む犯罪被害者等への支援活動の充実化が進んでいるが、③個人レベルの紛争解決の限度をはるかに超えたテロ、権力者の犯罪、国際経済犯罪等の新たな犯罪現象に対抗するに十分な法制度や対策が整備されていない、としている。

 「犯罪被害者等基本法」は2004年12月に成立し、2005年4月1日に施行された。国・地方公共団体が講ずべき多様な基本的施策を犯罪被害者等の視点に立って実現することによって、その権利や利益の保護が図られる。内閣府(犯罪被害者等施策推進室)は犯罪被害者白書を発行するのみならず、精力的に多様な施策を推進してきた。現状として、地方公共団体による認識や取り組みを改善する余地がある。

被害者となった心的外傷体験の中核は「無力化」と「離断」である。人生の初期から、発達の段階においてケアを与えてくれる存在と培ってきた「基本的信頼」を土台とした安心感、個人と社会とが結びついているという結合感覚、信頼感が破壊され、社会全体に対する不信をもたらす。
被虐待者にも同じことが言えよう。

犯罪被害と同様、虐待、被虐待も、いつ誰の身に起こっても全く不思議ではない誰もしたくない経験である。他人ごととは考えず自分の身に起こったら、自分の家族・友人の身に起こったらということを考え、傷ついた人たちの心の痛みを理解しようとする気持ちを大切にしなければならない。

暴力のサイクル、危険な兆候とは何か、被害者対応のヒント、DV被害からの回復過程など、高齢者虐待予防において参考となる知見が多く大変勉強となった。

御自身の体験をもふまえながら、高齢者虐待防止法は病院にはあてはまらないことに言及し、「無力で客観的な認識が無い認知症高齢者をも本当の意味で支える法の確立を」と熱く語られた。「法律はつくられても、人の心はなかなか変われない」と指摘する長井先生の言葉とともに胸に残った。


参考文献 
  1. Fattah, E. (2005). Victimology (pp.1724-1728). In Wright, R.A. & Miller, J.M.  Encyclopedia of Criminology. Volume 3. New York: Routrigde.
  2. 宮澤浩一(2004). 被害者学 氏原寛・亀口憲治・成田喜弘・東山紘久・山中康裕(共編)心理臨床大事典[改訂版] 培風館pp.1216-1219
  3. 諸澤英道(1998).新版被害者学入門 成文堂
  4. 長井進(2004).犯罪被害者の心理と支援 ナカニシヤ出版 
  5. 長井進(2011).被害者学からみた高齢者虐待「第8回日本高齢者虐待防止学会(JAPEA)茨城大会 抄録集」pp.22-23.
  6. Wemmers, J.A. (2009). A short History of Victimology. In Hagemann, O., Schafer, P. & Schmidt, S. (Eds.) Victimology, Victim Assistance and Criminal Justice.  Department of Social Work and Cultural Sciences, Niederrhein University of Applied Sciences.
  7. Office for Victims of Crime (2008). In their own words: Domestic abuse in later life. U.S. Department of Justice.

※御紹介

今年2011年6月17日には第6回 World Elder Abuse Awareness Day (日本では「世界で高齢者虐待防止を考える日(WEAAD)」と呼ばれる)国際会議がロンドンで行われた。

そのなかで、高齢者虐待をもっと多くの人に考えていただくために、ミュージシャンであるJeff Beam 氏が歌を披露している。題は“Can’t You Feel the Curve of the Earth?
とても素敵な曲なので、皆様にもご紹介したい。
わが国でもこんなアピールもあるとよい。

2011年7月3日日曜日

日本高齢者虐待防止センター  ニューズレター No16

JCPEA(日本高齢者虐待防止センター)ニューズレター 2011年7月号

認知症高齢者の介護と「虐待」

佐藤美和子

高齢者虐待の被虐待者には、要介護者、認知症高齢者が多いことはよく知られている。
認知症高齢者への「虐待」対応の難しさとして、ご本人が虐待されていることを認識し、助けを求めることができるかどうか、またご本人の発言をそのまま事実として周囲が理解してよいかという、問題がある。また、認知症高齢者自身に、介護拒否や介護者に対する攻撃行動、妄想などの心理・行動症状などが見られ、介護者から一方的に虐待行為がなされていると判断できない場合もある。

 認知症高齢者の立場に立った場合、自分の行動に対する介入の多くが、自分の思うように動きたい、生活したいという欲求への制限である。周囲の状況が分からない方にとって、「お風呂ですよ」という声かけも理解できず、突然服を脱がされ、お湯をかけられる恐怖は、「虐待」に他ならないかもしれない。自分は昔どおりのことを行っているつもりなのに、家族から「それは違う」「何やっているんだ」と叱責され、「しつけ」とばかりに子どものように指導される心痛はいかばかりだろう。

逆に、介護者の立場に立った場合、認知症を患った高齢者の行動は、安定した生活や健康を害するものであったり、危険であったりして介入をせざるを得ない。「あなたのために」支援しているにもかかわらず、理解してもらえない、介護を拒否する、言う事を聞かない、泥棒扱いされる、攻撃される、といった経験が続くと、介護者は心身ともに疲弊してしまう。怒りや報復の気持ちが沸き起こってしまうこともあるだろう。これは家族介護者だけでなく、施設で働く介護専門職でも同様である。逆に介護者が怪我をするなど被害を受ける場合も多く報告されている。

介護拒否の強い認知症高齢者に対しては、介護すると「心理的・身体的虐待」となり、介護しないと「ネグレクト」になる、というジレンマを感じている介護者も多いと思われる。また、自分の身の安全も確保しなくてはならないという課題も抱えている。

この問題を解決するには、認知症高齢者の生命と身体の安全、健康を守りつつ、身体的・心理的負担を与えないような介護技術が必要であるが、まだ発展途上であるといえるだろう。介護のプロであっても、個々に試行錯誤しながら工夫しているのが現状である。実は、「家庭における養護者の虐待があるから、分離して高齢者施設に入所させればすべて解決」とはいえず、新たに施設においても継続する可能性もゼロではないのである。

認知症高齢者がどのような気持ちで行動し生活しているのか、何故介護拒否が起きるのかなど心理面での理解と、高齢者も介護者も負担の少ない介護方法の開発と普及が早急に望まれる。

2011年6月1日水曜日

日本高齢者虐待防止センター  ニューズレター No15

JCPEAニューズレター 2011年6月号

2011年度は、3月11日に発生した未曾有の震災と原発事故のなか、始まりました。震災で犠牲になられた方の多くが高齢者であったと報道もあり心が痛みます。亡くなられた方々のご冥福をお祈りしますとともに、罹災された方々へ、心よりお見舞い申しあげます。私たちひとりひとり、何ができるのかを考えていきたいものです。

JCPEAニューズレターでは、本センターのメンバーが、皆さまに、個々の関心や、センター外での活動も含め、メッセージをお届けします。今回の担当は梅崎です。

先日、石巻の福祉避難所で活動してきました。石巻市立病院が被災し、遊楽館というスポーツセンターで石巻市立病院の医師を含む医療職が頑張っていたところを、被災地外からの医療関係者が後方支援しているものです。私の所属する日本医療社会福祉協会(旧日本医療社会事業協会)も、早期から医療ソーシャルワーカーを派遣し、石巻市立病院のソーシャルワーカーをバックアップしています。

高齢者はストレスが身体化しやすく、うつ状態で一時的に判断能力が低下することも予想されるので、避難所退所後に、身体能力が低下して助けを呼べなくなる、詐欺や横領などの被害にあうこと等が懸念されました。また同居家族ともにうつ状態になり、攻撃的になると、家族とのいさかいが家族間暴力に発展する危険性も予感されました。様々な意味で、継続的に支援していくことが重要だと思いました。

さて私は、高齢者虐待の社会的要因に関心を持っているものですが、社会的な高齢者虐待とも言うべき介護負担からの心中事件、殺人事件について、警察庁による報道がありましたので、ご紹介します。山井厚労政務官は「介護者を支援する在宅福祉の充実が不十分。改善を検討」「高齢者虐待防止法は高齢者虐待の未然防止が最大の眼目」と、介護者支援を重点に見直しを行う考えを示したそうです。

「高齢者による殺人が急増」 
( 2011年01月17日  キャリアブレイン )

警察庁はこのほど、昨年の「刑法犯認知・検挙状況について」(暫定値)をまとめた。それによると高齢者による殺人が急増しており、中でも「介護・看病疲れ」が動機の2位になっていることが分かった。

まとめによると、昨年の殺人の検挙数は前年比2.5%減の1067件(14歳未満による殺人などを含む)で、戦後最少を更新。ただ検挙数を年齢別に見ると、14―19歳が13.3%減の39件、20―64歳が6.8%減の730件だったのに対し、65歳以上は22.3%増の175件だった。65歳以上による殺人の動機を見ると、「憤怒」が72件で最も多く、次いで「介護・看病疲れ」30件、「怨恨」28件、「生活困窮」6件と続いた。

「高齢者虐待防止法、介護者支援重点に見直し検討―山井厚労政務官 」
( 2010年04月14日 キャリアブレイン )

「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」(高齢者虐待防止法)の見直しについて、厚生労働省の山井和則政務官は4月14日の衆院厚生労働委員会で、「介護者を支援する在宅福祉の充実が不十分。改善を検討している」と述べた。古屋範子氏(公明)の質問に答えた。

2006年4月施行の高齢者虐待防止法は、施行後3年をめどに、課題があれば見直しを行うことが規定されている。古屋氏の「在宅の介護者は心身共に限界。高齢者の短期受け入れ施設の拡充や、24時間体制の相談窓口設置などが必要」との指摘に対し、山井政務官は「高齢者虐待防止法は高齢者虐待の未然防止が最大の眼目。指摘された手法を含めて、さまざまな方法が考えられる」と、介護者支援を重点に見直しを行う考えを示した。

また、山井政務官は「今までの(在宅介護支援)サービスは使い勝手が良くなかった」と指摘。在宅の介護計画などを作成するケアマネジャーについて、「必要書類が多過ぎて現場で使える時間が少ない。改善を検討している」と述べた。施設の介護従事者の処遇改善については、「賃金を引き上げ、介護従事者が誇りを持って一生働けるようにすることが必要だと考えている」とした。

■医療従事者による虐待含むのは「大きな議論」

古屋氏は、同法にある介護者や介護施設従事者による虐待についての規定以外にも、医療機関や無届け施設従事者による虐待についての規定を含めるよう求めたが、山井政務官は「医療機関については大きな議論なので、政府としても考えている」と述べるにとどまった。

高齢者虐待の立ち入り調査について、古屋氏は「立ち入り調査要件に『高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている恐れ』が含まれているため、現場では立ち入り調査する判断に苦労している」とし、この要件を含まない児童虐待防止法と同程度の規定に改めるよう求めた。これに対し、山井政務官は「実態を把握する必要があるので議論していきたい」と答えた。

■「セルフネグレクト」は対象外

生きる気力を失った高齢者や認知症の高齢者による自己放任行為「セルフネグレクト」について、古屋氏は高齢者虐待の定義に新たに加える必要があると指摘。これに対し山井政務官は、「(「身体的虐待」など現状の定義と)同じ類型には入らないと考える。ただ、放置すべき問題ではない」と述べた。

2011年1月4日火曜日

日本高齢者虐待防止センター  ニューズレター No14

日本高齢者虐待防止センター  ニューズレター No14

新年、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

皆様、お正月をいかがお過ごしでしょうか。
No14は、10年11月末にお送りする予定でしたが、発信が年を越してしまいました。隔月にお送りできるよう、努力したいと思います。
気になった記事を<その他>に入れていきましたので、No14は、<その他>中心の号になりました。
(AS)

目次は以下のとおりです。

<エッセイ> 1本
<New Information> 2本
<家庭内虐待> 記事 6本
<施設虐待> 記事 3本 
<その他> 記事 30本
(配信用ニューズレターとは異なり、本HPでは、エッセイをのぞき、すべてタイトルのみの掲示となっております)


情報の多くは、「市民福祉情報」よりいただいています。

*****************目次**********************

<エッセイ>
「施設入居者の傷ついた心と身体を最後まで守るのは誰か(2)」 小川孔美(埼玉県立大学)

<New Information> 
1 新規アルツハイマー治療薬2品目の承認を了承―医薬品第一部会
( 2010年11月24日 22:59 キャリアブレイン )
2 介護保険改正 厚生労働省案、介護保険法等の一部を改正する法律案(仮称)のポイント
3『平成21 年度 高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果』

<家庭内虐待> 
1 高齢者虐待:09年度162件、「経済的」が倍増 県「景気悪化要因」 /神奈川
毎日新聞 2010年9月25日 地方版
2 兵庫県 高齢者虐待 最多698件 県内昨年度 大半は家庭内 目立つ介護負担 
(2010年10月27日  読売新聞)
3 殺人未遂:寝たきり母殺害未遂、50歳容疑者逮捕 搬送先で死亡--愛知・半田
毎日新聞 2010年10月26日 中部朝刊
4 寝たきり妻殺害:容疑の81歳を逮捕…千葉県警  毎日新聞 2010年11月7日 
5 介護してた長男傷害容疑で逮捕  八街、暴行?父親は死亡
2010年11月06日14時46分ちばとぴ
6 東京NEWS2010<2>葛飾の介護殺人 抱え込み「疲れた」2010年12月20日


<施設虐待> 
1 傷害致死:同室の93歳女性死なす 容疑で認知症の男逮捕--愛知・岡崎の特養ホーム
毎日jp 10/17
2 岡崎の特養暴行死:市と県が立ち入り 2人部屋に6人、法抵触 /愛知毎日新聞 2010年10月22日 地方版
3 認知症者 声届きにくく:県、7月の調査でつかめず(2010年12月4日  読売新聞)

<その他>
1 【長寿社会の虚実】第1部 111歳ミイラの周辺で(上) 「即身成仏になる」家族を苦しめた祖父の呪縛 (1/4ページ)  産経ニュース 2010.9.15 22:08
2 【長寿社会の虚実】第2部 地域・行政の限界(上) 「地縁、血縁には頼れない」 センサーが見守る (1/3ページ)  産経ニュース2010.9.18 21:01
3 『お泊まりデイサービス』の現状(下) 狙いは在宅介護の支援 費用負担などが課題
2010年9月30日  中日新聞
4 社説:成年後見10年 長命社会守る「切り札」に  毎日新聞 2010年9月30日 2時30分
5「91歳」男性遺体、長女を逮捕=年金700万円詐取容疑-大阪府警  時事ドッドコム
(2010/10/12-17:59)
6 ニュータウンも年をとる (上)世代交流  asahicom2010年10月08日
7「お泊まりデイ」への保険適用「貧困ビジネスが飛び付く」( 2010年10月18日 22:41 キャリアブレイン )
8「生活援助を介護保険から外さないで」―市民団体が集会( 2010年08月05日 20:39 キャリアブレイン )
9 高齢者はいま…:つなげ地域の輪/下 鹿沼みまもり隊 /栃木
◇子育て世代とも連帯を 月1の訪問と報告義務  毎日jp
10 孤独死:公営団地で1191人 65歳以上は7割超  
毎日新聞 2010年10月27日 2時36分(
11『お泊まりデイサービス』の現状(上) 独居、低所得、認知症あり 生活困難で宿泊続く
中日新聞  2010年9月23日
12  介護者支援の輪広がる  asahi.com 2010年10月20日
13 白骨化遺体:市営住宅に 居住女性か--岐阜 毎日新聞 2010年10月19日 中部朝刊
14 ネット調査:全国で相次ぐ高齢者の不明 「国の制度機能せず」47%  毎日新聞 2010年10月21日 東京朝刊
15 一人暮らし高齢者に大学生が付き添い買い物 品川区がモデル事業 毎日jp2010.10.19 19:11
16 高齢者の見守り センターに専属コーディネーター 池尻、北沢など10カ所に配置
東京新聞2010年10月18日
17 注目集まる市民後見人 住民同士で支えるセーフティーネット 質向上へ行政の支援急務
東京新聞 2010年10月20日
18 高齢者介護向けのロボット開発進む。子や孫が遠隔操作の「テレノイドR1」や対話ロボも
東京IT新聞 記事詳細 150号 2010年10月26日 12面「特集:PICK UP! 」  
19 「団塊の世代こそ互助の力の発揮を」―介護保険サミット分科会( 2010年10月22日 18:18 キャリアブレイン )
20 増える首長の成年後見制度申し立て  asahi.com 埼玉2010年10月27日
21 認知症高齢者5人に1人財産被害  NHK10月27日 4時51分
22 単身高齢者の個人情報、民生委員に提供は自治体の約半数( 2010年11月01日 16:51 キャリアブレイン )
23 高齢者虐待防止講演会~講談から認知症介護と高齢者虐待を考える~
24 介護保険:「要支援」2割負担検討 生活援助の縮小も 毎日新聞 2010年10月28日 東京朝刊
25 有料老人ホーム・高齢者住宅を運営するオリックス・リビング株式会社による「介護に関する意識調査」結果; http://www.orixliving.jp/company/pdf/pressinfo_101029.pdf
26 第37回社会保障審議会介護保険部会資料http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000x93i.html
27 介護保険見直しへ意見書 「軽度」生活援助縮小も 「重度」対象者に手厚く
中日新聞 2010年12月2日
28介護保険10年  (2010年11月30日  読売新聞)
29 家族に頼れる時代の終わり 「孤族の国」 朝日新聞2010年12月26日
30 みえ (5)熊野の母親遺棄 高齢者確認へ積極策必要 (2010年12月25日  読売新聞)



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<エッセイ>

「施設入居者の傷ついた心と身体を最後まで守るのは誰か(2)」

小川孔美(埼玉県立大学)

介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)で高齢者虐待があった。

前号では、入居者の訴えが管理者に伝えられるまでの、7時間にわたる「時間の空白」の中で、訴えを受け止めた職員の心の中でどのような葛藤があったかをお伝えした。

今回も前号に引き続き、介護老人福祉施設であった高齢者虐待について、「施設を利用する家族の心」を中心に第2報としてお伝えしたい。

施設内で起こった高齢者虐待の事実を、情報公開は義務であるとしてこの施設は開示に徹したことは、既に前号で述べた。

高齢者虐待をしていた職員から暴力を受けたと思われる利用者の家族だけではなく、この施設の入居者と入居者の家族すべてに、「施設内における虐待事件の発生について」の報告とお詫びの文書を送付した。そこには、事態の説明責任を果たすべく、不明な点、不安な点について相談可能な窓口を設置(電話相談)したことも書かれてあった。

○この仕事をしている方達は、プロなんだから、このような事があってはいけないと思う

という意見も当然聞かれたが、施設を利用する家族からの反応は、以下のように概ね施設の対応、職員に好意的だった。

○「このような仕事についている職員は、本当に大変だと思う。先日、面会に行った時も、こまめに訪室し、よくやってくれていた。感心している。

○家で看ていた時(入所前)、私も言葉が荒くなったり、手を出しそうになったこともあった。だから、今回虐待を行ってしまった職員の気持ちもわからなくはない。

○虐待をしてしまった職員のこの先が心配だ。これを機にしっかり立ち直ってくれればよいが。

○介護中に強い抵抗があったことについては、面会に行ったときの様子からも想像できる。それだけではなく、現在では、便いじりをしたり、人に噛み付こうとするまでの症状が出ていることは、初めて知った。現状を知ることができてよかった。

○認知症だから、もう忘れているでしょう。過ぎたことだから、わざわざ問題にするつもりはない。

○今後とも、施設によろしくお願いしたいと思っている。

施設を利用する家族は、施設職員に要介護者を委ねている。

要介護者が入所するまで、様々な葛藤や困難を乗り越えながら介護をし続け、家族にとってすでに限界だからこそ入所に至っている場合や、家では他に要介護者がおり、とても二人とも看られる状態ではないため入所に至る場合、また要介護者を看る介護者不在など、世帯、家族の多様性に伴い、あらゆる理由とともに利用者の入所がある。

家族にとって、要介護者を施設に委ねることができるか、入所できない状態が続くかは、時には家族としての今を左右するほど重大なことでもある。

要介護者を看ることができないから施設に預け、職員らに、要介護者がどんなに大変な状況でも看てもらっているのだという思いが、時には負い目となり感謝の言葉となる。

また「介護」の大変さ、辛さをわかっている家族は、自身の「介護の記憶」というフィルターをとおして、虐待した職員の気持ちや苦痛をも理解しようとする側面があることを、家族の言葉から伺う事が出来る。さらには、利用者本人の認知症症状の程度によって、「記憶」が曖昧になればなるほど、「虐待」の事実はかき消されやすくなる。

虐待を受けた入居者の家族は、施設に今後のことを引き続き託しながらも、以下の言葉を述べている。

「(職員から)虐待を受けていた時、本人はどのような様子だったかを知りたいと思います。その様子から、本人の心の声を少しでも代弁できたらと思うのです。それが、家族の役目だと思うし、そこを守らなければ、誰も本人を守るものがいなくなってしまうので。」

「施設を利用する家族の心」が貴方に届いただろうか。
「施設入居者の傷ついた心と身体を最後まで守るのは誰か」私たちは、もう一度問い直さなければならない。

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