日本高齢者虐待防止センター電話相談

2012年4月17日火曜日

ヨーロッパの高齢者  日本高齢者虐待防止センター ニューズレター No23

JCPEA(日本高齢者虐待防止センター)ニューズレター 2012年5月号

ヨーロッパの高齢者
1日あたり1万人が身体的虐待を受けている

日本高齢者虐待防止センター 理事長 田中荘司



2011年の世界の高齢者虐待の調査研究分野で、最もショッキングな報告書がWHOのヨーロッパ支部から公表されたので、ここにその概要を紹介しましょう。

2011年6月16日、ブダペスト、コペンハーゲン、ローマで同時発表された報告書は、正式には「ヨーロッパレポート: 高齢者虐待の防止に向けて」(New WHO/European report on preventing elder maltreatment) といい、この表題は、メディア向けに出された情報紙の見出しです。

ヨーロッパ支部は、53カ国、人口8,8億人からから構成されており、60歳以上の高齢者を対象に日本と同様、5種類の虐待について推計調査をしています。

毎年少なくともヨーロッパ支部内で400万人の高齢者が平手打ちされたり、こぶしで殴られたり、けられたりやけどをさせられたり、ナイフで傷つけられたり、部屋にロックされたりして苦しんでいると推計されています。

また調査は、年間2500人の高齢者が家族の手によって死亡させられていることを明らかにしています。今回の報告書は、ブダペストで第3回ヨーロッパ安全推進会議で報告された調査結果で、調査の規模、虐待問題の重要性、また虐待防止に役立つ実践への展望まで記述しています。

ヨーロッパ支部長、ズーズサンナ・ジャカブ氏(Zsuzsanna Jakab)は、「この報告書は非常にショッキングな内容であり、高齢者が病弱であるときは、虐待が高齢者の精神面や身体面の健康や幸せに悪影響を与える」と述べています。

ヨーロッパの人口は、急速に高齢化しており、各国政府は増大するヘルス問題、社会問題を解消するよう迅速な行動を起こす必要があり、この点今回の報告は大いに手助けに貢献できるとしています。

平均寿命と出生率の組み合わせから2050年にはヨーロッパの人口の3分の1は60歳以上になることが予測されることから、年金の支払いや社会的ケアの提供により、より多くの財源を必要とすることになるでしょう。また多くの高齢者が若年の介護者に依存することになりますから、国の経済面、社会面、家族構成面の変化、特に長期にいたる財政的硬直の緊張をもたらし、そしてこのような社会変動が結局は、虐待を受ける高齢者の増加につながることになるでしょう。

報告では、毎年400万人の身体的虐待の発生の推定とは別に、

・侮辱したり、脅したりする精神的虐待の被害が2900万人

・金を盗んだり詐欺行為をする経済的虐待の被害が600万人

・性的ハラスメント、性的いたずら、レイプ等の性的虐待の被害が100万人

認知症を患っている、あるいは身体障害をもつ高齢者は、虐待を受け易い状況にあり、又虐待の犠牲者は虐待の加害者と同じ世帯に住み続けるのが一般的です。さらに虐待は、所得水準があまり高くない国々や社会の低所得階層でよく発生している傾向が見られます。

ヨーロッパ地域の高齢者虐待は、依然として社会的タブーの問題となっており、その多くが無視されたり表面化されないでいる現状で、今後社会的、政治的関与が行われることが期待されています。また各国の政府機関部門では福祉を含む保健行政担当部局は、虐待を受けた高齢者への支援を提供できる重要な役割を果たすことができる組織であり、一層の行政努力が求められています。

なお今回の報告書は、高齢者虐待防止の第一線で働いている関係者や、保健福祉、法務、警察等の各種専門家によってまとめられており今後対応すべき諸提案が以下のようにまとめられています。

提案されている行動計画として多分野共同による国家政策、高齢者虐待防止計画等、計画の決定と実行データの収集方法の改善、サーベイランスと研究虐待防止実践と管理戦略虐待被害者のサービス強化と関係職員の研修強化被虐待高齢者の保護に重点を置いた啓発活動ところで、今回の報告書のなかで、質問調査がありますので、紹介しておきます。

1  高齢者虐待は国内で問題か


(1) 非常に大きな問題

セルビア  オーストリア  マケドニア  ポルトガル  スロバキア イスラエル


(2) 大きな問題

 オランダ  モンテネグロ  イギリス  チェコ  フィンランド  ベルギー  ロシアブルガリア  ルーマニア  ラトビア  スイス ノルウェー  スペイン  マルタ タジキスタン  ギリシャ  フィンランド等

(3) 少々の問題

ドイツ  エストニア  アイルランド  アゼルバイジャン  サンマリノ デンマーク  イタリア

(4) まったく問題ではない

 ウズベキスタン  アルメニア


2  高齢者虐待について国の政策はあるか

(1) ある 

セルビア  イスラエル  オランダ  モンテネグロ  スロベニア  イギリス ドイツ  アイルランド等


(2) 部分的にある

オーストリア  ポルトガル  ベルギー  ロシア  スイス  サンマリノ アルメニア


3  高齢者虐待をも取り扱う研究機関又は大学があるか

存在する国

オーストリア  イスラエル  ポーランド  スロベキア  オランダ  モンテネグロ スロベニア  チェコ  フィンランド  アイスランド  ベルギー  ブルガリア クロアチア  ノルウェー  マルタ  スイス  ドイツ  エストニア  アイルランド


4  高齢者虐待についてより多くの情報を得ることに関心があるか

デンマークを除く各国が関心をもっている


5  65歳以上人口のうち、フォーマルケアサービス(在宅ケア+施設ケア)を受けている人の割合 

アイスランド  9、3% スロベニア  4、0% ポルトガル  3、4% デンマーク4,8%  EU平均3,3% イタリア2,0 オランダ5,3% チェコ 3,5% ハンガリー  2,2% イスラエル4,6% ドイツ 3,8% スロバキア  1,7% スイス 6,6% ルクセンブルグ 4,3%ラトビア1,5 オーストリア  3,3% アイルランド  1,6% エストニア  1,6% イギリス3,3% スペイン 4,1% ポーランド  0,7 スウェーデン  6,0% フランス3,1% アルメニア  0,3%

(日本は、平成21年度介護保険事業報告による介護保険利用者は、393万人で13.6%)

注)本報告による反響が多い場合には、さらに詳しく報告いたします。

2012年3月4日日曜日

ライフワーク 日本高齢者虐待防止センター ニューズレター No22

JCPEA(日本高齢者虐待防止センター)ニューズレター 2012年3月号

ライフワーク

日本高齢者虐待防止センター 理事・事務局長 梶川 義人


私は、大学院で児童福祉を専攻していましたが、ひょんなことから老人ホームに就職することになりました。そして、介護職を経てソーシャルワーカーとなり、家族関係の調整などをするようになりました。

何年かたつと、自験例はかなり増え成功事例も経験できるようになりましたので、「少しは科学的な知見が得られるだろう」と考えて、当時、在宅サービスを利用していた高齢者と介護者の関係の分類を試みました。

参考にしたのは、子育てにおける親子関係の類型で、過干渉タイプ、放任タイプ、葛藤タイプなどに分けました。数百件あった事例のほとんどは、あまり悩まずに分類できたのですが、なかには「飛び抜けて酷い扱いだな」と思った事例がありました。そこで、児童虐待にならって、虐待タイプとして分類することにしました。多分、2〜3%の事例があてはまったと思います。これが、私の高齢者虐待を意識した最初のエピソードです。多分、1985年だったと記憶しています。

その後しばらくは、とりたてて高齢者虐待に関心を持つことなく過ごしていたある日、マスコミの報道により、旧友が介護殺人事件を引き起こしたことを知りました。子ども時代に親しくしていた友人であっただけに、ショックはとても大きいものでした。ほかの友人たちから詳しく事情を聞けたこともあり、「こうした痛ましいことを何とか防げる手立てはないのだろうか」と思い悩みました。これが、私が高齢者虐待に取り組むことになったきっかけです。私は、数日考え込んでから、高齢者処遇研究会のメンバーとなりました。2000年のことです。

それからまる11年、実にさまざまな出来事が起こりました。制度的には措置から介護保険制度に大転換しましたし、高齢者虐待に限ってみても、全国調査が行われたり、専門学会ができたり、高齢者虐待防止法ができたり。わがセンターも、法人化しましたし、いくつもの事業を行なってきました。

いわば大きな変化のうねりのなかを泳いできたのですが、私の最大の関心は、いつも対応困難事例の検討にありました。「こうした痛ましいことを…」の答えをみつけたいと願い続けてきたからです。そして、いつの頃からか、私は、旧友のような事件に対して、ある程度の答えを出せるようになりました。ですから、当初の課題を一応は達成したことになります。

しかし、対応困難事例の検討を通して、いろいろな人生の期し方行く先を思い合わせる経験を積むうちに、他にも沢山の難しい課題があることを思い知るようにもなりました。ひとつ課題を達成したら、さらに難しい課題がでてきて、ようやくその課題を達成したと思った途端に、また、もっと難しい課題がでてくる、といった具合です。おそらく、どこまでいってこの繰り返しで、きりはないのでしょうが、私は、いつしか、でてきた課題のすべてに、答えをみつけたいと思うようになりました。挑戦する心に火がついた、とでも言うのでしょうか。

こうして、高齢者虐待の防止への取り組みは、今や私のライフワークといっても過言ではなくなりました。


2012年1月5日木曜日

年頭にあたって―専門家としての覚悟と覚醒を期待する 日本高齢者虐待防止センター ニューズレター No21

JCPEA(日本高齢者虐待防止センター)ニューズレター 2012年1月号

年頭にあたって―専門家としての覚悟と覚醒を期待する

日本高齢者虐待防止センター理事 萩原 清子



昨年の我が国は未曽有の出来事がつぎつぎと起こったが、何といっても3月11日に発生した東日本大震災と原子力発電事故による大惨事は、学会・学者や科学に対するあり方に根本的な反省を促した画期的な出来事といえる。

「できるはずだと思っていたのに、なぜ東日本大震災のような巨大地震を予測できなかったのか」という問題をめぐって、「東北沖ではマグニチュード9以上は起こらないという思い込みがあった」と、多くの地震学者や学会から反省の声がしきりであった。「思いこみの原因」に、学会は学問的な相互批判が希薄で、「マグニチュード9以上だって起こりうる」という他の研究者の指摘に真摯に耳を貸さなかった日本地震学会の体質に問題があったとの指摘がある(朝日新聞 20011・12・11)。他方、原子力発電事故に関しては、原子力は安全だという「安全神話」が完全に崩れ、我が国の原子力政策は廃炉、停止、再開、新設をめぐって混迷が続いている。

さて、高齢者虐待の現状に目を向けると、平成22年度の厚生労働省調査報告による養護者による高齢者虐待判断件数は16,668件と過去最多となり、相談・通報件数も最多の25,315件で「最悪」と表現された。虐待で死亡した高齢者は無理心中を含め21人で、内訳は「養護者による被養護者の殺人」が10件10人、「養護者の介護放棄(ネグレクト)による被養護者の致死」6件6人、「心中」4件4人、「養護者の虐待(介護等放棄を除く)による被養護者の致死」1件1人であった。被害高齢者21人のうち、介護保険利用者は15人(71.4%)、利用していない高齢者は6人(28.6%)であった。

問題は、念願だった高齢者虐待防止法が施行されて5年、「防止法」に基づいて対応状況が厚労省によって毎年調査結果が5回報告され、介護保険は実施されてすでに11年を過ぎているにも関わらず、なぜ、毎年、高齢者虐待は防止されずに増え続けているのかである。

しかも、犯罪事件と見做される虐待による死亡高齢者は21人にも上り、そのうち7割以上の高齢者は介護保険を利用し、何らかの専門家や支援の網にかかっているのである。さらに、市町村で受け付けた養介護施設従事者等による虐待の相談・通報件数を見ても、22年度は前年度より98件増加して506件となっているのである。しかし、市町村が虐待の事実確認を行った事例のうち、事実が認められた事例は全体の18.1%、虐待の事実が認められなかった事例が38.7%、虐待かどうか「判断に至らなかった」事例が27.2%もあった。「防止法」第21条には施設従事者等が施設従事者等による虐待を発見した場合には、速やかに市町村に通報しなければならない、という義務規定を設けているのである。この数字を多いとみるか少ないとみるかは議論の分かれるところであるが。

このような我が国の高齢者虐待の現状をみると、「防止法」という法律ができ、虐待とは何かが定義されても、虐待かどうか不明、虐待ではなかった、といった相談・通報事例をどう捉えたらよいか。また、養護者支援が規定され、施設従事者も内部告発・通報が義務付けられ、専門家の役割や相談窓口が明確になり、地域の関連機関の連携が重要視されたとしても「定義」や「通報制度」、市町村の責務、専門家の役割等が十分に機能していないのではないか。このことが過去5回の厚労省調査結果から導き出された結論である。つまり、法律や制度、支援体制が整ったといっても、高齢者虐待の「防止」や「予防」にどれだけ実効性があっただろうか。各制度や支援体制が形だけに終わっているのではないだろうか。

私たちが経験した昨年の1年は、従来、大丈夫だと思ってきたことが覆された年である。その意味で、今こそ、学識経験者として、あるいは福祉の専門家としてこの教訓を生かさなければならない。各人がそれぞれの立場で専門家としての覚悟と覚醒が期待されている。

では、学識経験者として、福祉の専門家としての覚悟とは何か。それは、虐待を防止すること、すなわち「防止法」第一条の目的にある「高齢者の尊厳の保持」と「養護者の負担の軽減」を徹底的に図る覚悟である。そのためには、高齢者、養護者、関係職員が「個人の尊厳」をもった人間として生きていけるような社会や世の中を確保することに自覚的に、積極的に貢献していくことである。その流れに沿って、何があっても、高齢者と養護者の個人としての尊厳をまず守るという覚悟である。

もう一つ、昨年の出来事から、いわゆる「公務員ランナー」の生き方、走り方から学んだ点がある。今年はオリンピックの年として昨年来いろいろな話題があった中で、オリンピックイヤーの予選会で従来のやり方とは違う練習方法によって好タイムを出して注目された市民ランナー川内君の例である。川内君は埼玉県庁の職員として、実業団に所属しているわけではないため従来当たり前と思ってきた実業団選手の豊富な練習時間や練習環境とは違って、練習時間はフルタイムの仕事以外の制約された時間でモチベーションを高める練習方法をとっている。また治療やケアについてもトレーナーにつき、専門のメディカルな医師がついているわけではなく、小さなけがは温泉で何とかしてきたという。さらに、コーチがいるわけではなく、彼は一人で練習メニューを作って練習を重ねている。このような練習の方法やランナーとしてのやり方は、陸上界の常識とはかなり違うことをやっていると彼は思っている。

しかし、陸上界の常識に従うことで本当に結果が出るのかということを考えると、「やらされている練習」ではなくて、「好きでやっていること」と考え競技を続けていく方が、速くなるし、長続きするのではないかと彼は考え、練習の一環として全国各地のいろいろなレースで走りたいと考えている。このように、指導者にもつかず、出場レースも力を伸ばす場と考え昨年12月の福岡国際マラソンの2週間後にも42.195キロを走った彼は、「常識外れと言われたけど、周りが常識で限界を決めているだけ」と言っている。恵まれた環境で練習している実業団選手を退け、ロンドン五輪出場への期待をつなげた川内君の走りは一般ランナーに希望を与えた、という新聞投書があった。

川内君の練習方法や川内君のあり方は、単に現状の批判や否定ではなく、もっとよいものがあるのではないかという前向きなチャレンジのように思われる。昨年2月の東京マラソンでは日本人トップでゴールしその後のレースでも1,2位の結果を残した。彼から私たちが学ばなければならないことは、自分がどうあるべきか、どうありたいかを具体的な目標として定め、その目標を実現するための方法を仮説として立て、実践の中で検証をしていく。この繰り返しが人としての思想や実践を進化させ、社会を進歩させていくのではないか。

指示待ちになって手遅れになり、常識にがんじがらめになって言い訳や責任転嫁を考えるのではなく、常識との向き合い方を見直すことから始める事を川内君自身のあり方から覚醒させられた。

東日本大震災や原発事故を考えると、「もしも」を「想像力」で1000も2000もシミュレーションし、たくさんの「もしも」を思いつくことができたら私たちはもっと安全で豊かで幸せな社会を構築できるであろう。同様に、高齢者虐待の防止も学識経験者、福祉専門家の豊かであふれる想像力の覚醒が期待される。

2012.1.5